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adidas(アディダス)
2006年04月21日
1920年、ドイツ・ニュールンベルグ近郊のヘルツォーゲンアウラッハで、アドルフとルドルフのダスラー兄弟によって設立された靴製造の会社「ダスラー兄弟商会」が起源。

販売を兄のルドルフが担当、生産は弟アドルフが担当し、1925年に陸上スパイク、1928年にはサッカースパイクを開発したが、1948年に「ダスラー兄弟商会」は解散。その年、弟のアドルフがつくったのがアディダス社。兄ルドルフは翌年プーマを設立。

アディダスの名品といえば、なんといってもスタンスミスとスーパースター。 それぞれの誕生は、スタンスミスが1965年(当初は、ハイレット)スーパースターが 1970年。

どちらも今だに定番として人気のスニーカーですが、革の質感から縫製やデザインバランスとよく見ると全然違います。正直、似て非なるものといっても過言ではないでしょう。

1万円以下で買うことが出来る中国製の現行と、当時の値段でさえ、2万円以上してた物の違いなのでしょう。スニーカーに限らず、革製品全般に質が低下している現状と、生産ラインが中国や東南アジアに完全に移行している現状から考えれば、かつてのアディダスのような質が高く、品のあるスニーカーって、二度とつくられることはないでしょうね。

ぜひ、その貴重なビンテージスニーカーをご覧下さい!
CONVERSE(コンバース)
2006年04月20日
オールスターとジャックパーセルという2つの定番スニーカー抱えるコンバース。

そのスタートは1908年マサチューセッツ州モールデン。デパート経営者だったマーキス・M・コンバースが設立したコンバース・ラバー・シュー・カンパニー。

降雪量が多く、深い森や湿地帯の多い同地の特性に合わせて雨や雪の中でも作業が出来るラバーシューズの製造によって有力企業となったコンバースが、次に課題としたのが、雪の多い冬場に偏る売り上げだった。

この問題を解決すべくマーキスが着目したのが、当時まだマイナーだったバスケットボール。そして、試行錯誤の末、1917年に誕生したのが永遠の定番のオールスター。

マーキスのこの着目がなかったら、バスケットボールの現在、そしてスニーカーの現在はどうなっていたんでしょう?とても想像できません。ジーンズを生み出したリーバイスと同様、永遠に歴史に名を残す存在ですね。

リーバイスの501なんかより、はるかに変化が少なく、誕生と共に完成されていたといわれるオールスターですが、アメリカ生産が無くなってさすがに雰囲気変わりました。

このアメリカでの生産終了によって、チャックテイラーなどのヴィンテージ物以外のオールスター、ジャックパーセルにも注目が集まっています。

ちなみにオールスターと並ぶもう一つの定番、ジャックパーセル。こちらはもともとスポルディング社のスニーカーでその誕生は1935年。後にB.F.グッドリッチ社に販売が移行して、さらに後、コンバースとB.F.グッドリッチ社のシューズ部門が統合。ここではじめてコンバースのスニーカーになるんですが、以外に新しく1972年。

不良っぽいオールスター、お坊ちゃま風なジャックパーセル。

この2つの永遠の定番スニーカーをご堪能ください!
NIKE(ナイキ)
2006年04月19日
ジョギングをアメリカに紹介したことでも有名なオレゴン大学のコーチ、ビル・バウワーマンと中距離ランナーとしてバウワーマンに師事した会計学の学生だったフィル・ナイトの2人によって1964年に設立されたブルーリボンスポーツ(BRS)がナイキの前身。

当初、オニツカ・タイガー(現アシックス)の輸入販売の目的で設立されたBRSだったが、バウワーマンのアイデアを100%生かす為、自社製品の生産販売に方向転換した。

スポーツシューズの性能向上に対する貪欲だったバウワーマンは、朝食のワッフルをヒントにワッフルソールを思いつき、重くなるからという理由で自社のトレードマークのスウッシュを剥ぎ取ったというエピソードを持っている。

ワッフルソールやエアジョーダン、エアマックス95、などなど、その後も常にエポックメイキングなスニーカーを送り出すナイキを見ていると、当時ドイツブランドのシューズに席巻されていたスポーツ界にオニツカタイガーを紹介したフィル・ナイトの先見性とバウワーマンのスポーツシューズ改良への熱意こそが、ナイキのDNAなのでしょう。